この記事でわかること
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- 舌だけでなく、腸にも味を感じ取るセンサーが備わっていること
- そのセンサーが食欲や血糖値、苦い野菜の好き嫌いにも関わっていること
- 腸内細菌と脳が情報をやり取りする「腸脳相関」のしくみ
- 腸内細菌のバランスを整えることが、全身の健康にどうつながるか
「ゴーヤやピーマンを口にして、思わず顔をしかめてしまった」「野菜の苦みが苦手で、つい避けてしまう」——そんな経験に心当たりがある方も多いのではないでしょうか。その苦みを感じ取っているのは、舌だけだと思っていませんか。じつは近年の研究で、私たちの腸にも、味を感じ取る「味覚センサー」が備わっていることがわかってきました。
しかも、この腸の味覚センサーは、食欲や血糖の調節だけでなく、腸内細菌を介した脳とのつながり——いわゆる「腸脳相関」にも関わっていると考えられています。本記事では、農学博士の監修のもと、専門的な言葉をかみくだきながら、腸の味覚センサーと腸内細菌、そして腸と脳の関係についてわかりやすく解説します。それでは、まずは腸に備わっている「味を感じるしくみ」から見ていきましょう。
目次
腸にも「味を感じるしくみ」がある
舌と同じ種類のセンサーが、腸の中にも備わっている
味を感じるセンサーというと、舌にある「味蕾(みらい)」を思い浮かべる方が多いでしょう。ところが近年の研究で、舌だけでなく消化管にも、味を感じ取るセンサーとして働くタンパク質が存在することがわかってきました。苦味を感じ取るタイプ(TAS2R)と、甘味・うま味を感じ取るタイプ(TAS1R)があり、腸そのものに味蕾があるわけではないものの、味蕾と同じ種類の味覚センサーが、腸の内側にある細胞に発現しています。これらのセンサーは、食べ物の消化・吸収だけでなく、体に害のある物質への防御反応や、体内の代謝調節にも関わると考えられています。
苦味センサーは、体によい植物由来成分の分解産物にも反応する
野菜や果物に含まれるポリフェノールやカロテノイドなど、健康に役立つとされる植物由来成分(ファイトケミカル)は、腸内細菌によって分解され、その分解産物が腸の苦味センサーを刺激することがあります。マウスを使った研究では、こうした苦味成分が腸の味覚センサーを介して、GLP-1(血糖や食欲に関わるホルモン)などの分泌を促し、血糖調節に関わる変化をもたらしたと報告されています。ただし、これらは主に動物実験や培養細胞で得られた結果であり、人でも同じ作用が起こるのかについては、今後さらなる研究が必要です。
【出典】Sternini & Rozengurt, 2025 Avau et al., 2018
腸の甘味センサーは、食欲や糖の吸収にも関わっている
甘味を感じ取ると、食欲を抑えるホルモンの分泌が促される
腸には苦味センサーだけでなく、糖の甘さを感じ取る甘味センサー(TAS1R)もあります。このセンサーは、腸の壁にある「L細胞」「K細胞」と呼ばれるホルモン分泌細胞に備わっており、糖や甘味料を感知すると、食欲を抑える働きを持つホルモン(GLP-1やGIP)の分泌を促すしくみに関与することが、主に動物実験でわかっています。人でもこの甘味センサーの存在は確認されていますが、ホルモン分泌への影響の大きさには研究によって違いがあり、その詳細については現在も研究が進められています。
人工甘味料と食欲・血糖への影響は、研究結果が一致していない
人工甘味料が腸の甘味センサーを刺激することで、食欲や血糖にどのような影響を与えるのかについては、これまで多くの研究が行われてきました。28件の臨床試験をまとめたレビューでは、甘味料の種類や摂取条件によって「ホルモン分泌が増えた」「変化はなかった」「血糖値が上昇した」など結果が分かれており、一貫した結論は出ていません。一方、空腹感や満腹感など食欲そのものについては、人工甘味料による明確な変化は確認されていません。通常の量を摂取する範囲であれば、過度に心配する必要はなさそうです。
【出典】Kreuch et al., 2018 Romo-Romo et al., 2016
苦い野菜の好き嫌いには、遺伝的な個人差がある
苦味センサーの遺伝子タイプによって、感じ方が変わる
ゴーヤやピーマン、菜の花など、苦みのある野菜を好む人と苦手な人がいるのは、舌や腸にある苦味センサーとも関係する興味深いテーマです。苦味の感じ方には、苦味センサーの一つである「TAS2R38」の遺伝子タイプの違いが関わることが、多くの研究で確認されています。ブロッコリーやキャベツなどのアブラナ科の野菜には、TAS2R38が反応しやすい苦味成分が含まれており、苦味を強く感じる遺伝子タイプの人ほど、こうした野菜を苦手としやすいことも報告されています。
遺伝的に苦味を感じやすくても、工夫次第で食べやすくなる
苦味の感じ方は、遺伝だけで100%決まるわけではありません。調理法や食べ慣れ、味付けなどによっても変わります。実際に、苦味を強く感じる遺伝子タイプの人でも、食事指導などのサポートによって野菜の摂取量が増えたという報告があります。加熱や下ゆで、油と組み合わせるなどの工夫で苦味をやわらげながら、苦い野菜も無理なく日々の食事に取り入れていくとよいでしょう。
【出典】Kim et al., 2003 Calancie et al., 2018
腸の味覚センサーは、脳へ信号を送る「出発点」でもある
味覚センサーを持つ細胞がホルモンや神経伝達物質を作り出す
ここまで見てきた苦味・甘味センサーは、腸の粘膜にある「腸内分泌細胞(EEC)」という細胞に多く存在します。EECは、味や食べ物の成分を感知すると、GLP-1などのホルモンを血液中に送り出すだけでなく、セロトニンなどの神経伝達物質も分泌することがわかってきました。つまり、EECは味を感じ取ると同時に、その情報をホルモンや神経伝達物質に変換して発信する、いわば「変換装置」としても働いています。
信号は迷走神経をとって、脳の各部位へ届く
腸で作られたセロトニンなどの信号は、腸の細胞に入り込んでいる迷走神経(副交感神経の一種)で受け取られます。迷走神経は腸と脳を直接つなぐ太い神経で、受け取った信号は、食欲や気分、自律神経の調節に関わる脳の領域へと伝わります。つまり、腸の味覚センサーは、味や成分を感知するだけでなく、腸内環境の変化を脳へと届ける「脳腸相関」の重要な入口の一つと考えられています。次の章では、腸内細菌が脳とどのように繋がっているかを見ていきましょう。
【出典】Frontiers in Neuroscience, 2023 Science, 2018
「脳腸相関」で腸内細菌は脳と情報をやり取りする
神経伝達物質や迷走神経を介して、腸と脳はつながっている

腸内に棲む腸内細菌は、腸だけでなく脳とも情報をやり取りしていることがわかってきました。腸内細菌は、セロトニンやドーパミンなど、気分や感情に関わる神経伝達物質の産生や調節に関与しています。また、迷走神経などを介して、脳と情報をやり取りすることも、多くの研究で示されています。このような腸と脳の双方向のつながりは「脳腸相関(のうちょうそうかん)」と呼ばれ、「腸脳相関」と表現されることもありますが、どちらも同じしくみを指しています。
つまり、腸内環境の状態は、私たちが意識しないところで脳の働きにも影響を与える可能性があります。ストレスを感じるとお腹の調子が悪くなったり、反対に腸内環境の変化が気分に影響したりするのも、こうした脳腸相関のしくみと関係していると考えられています。
パーキンソン病やアルツハイマー病との関連は、まだ研究段階
パーキンソン病やアルツハイマー病の患者では、腸内細菌のバランスに変化が見られることが報告されており、腸内細菌と脳の病気との関係が注目されています。ただし、腸内細菌の変化が病気を引き起こす直接的な原因なのか、それとも病気にともなって生じる結果なのかは、現時点では明らかになっていません。腸内細菌と脳、そして脳腸相関の関係については、今後さらに大規模な研究による検証が必要です。
【出典】Medicine, 2023 Cureus, 2024 J Alzheimers Dis Rep, 2026
脳腸相関は腸のコンディションが整うと働きやすくなる
腸内細菌の多様性が保たれることが脳腸相関の土台になる
脳腸相関が適切に働くためには、腸内細菌のコンディションを保つことが重要です。腸には、栄養素や腸内細菌がつくる物質を感知するセンサーがあり、その働きは腸内細菌の種類や多様性にも影響を受けます。
一方、腸内細菌のバランスは、さまざまな要因によって変化します。広い範囲の細菌に作用する抗生物質は、腸内細菌の多様性を大きく低下させることがあり、その影響が数週間から数か月続く場合もあります。また、人工甘味料や乳化剤など、一部の食品添加物が腸内細菌のバランスに影響する可能性も報告されています。さらに、加齢にともなって有用な細菌が減少する傾向も知られています。
こうした腸内細菌の変化は、腸から脳への情報伝達にも影響を及ぼす可能性があります。
発酵食品は腸のコンディションを支える食事の一つ
腸のコンディションを整える食事の選択肢として、発酵食品も挙げられます。発酵に関わる菌には、植物に含まれるポリフェノールなどのファイトケミカルを分解・加工し、体内で利用されやすい形に変える働きがあります。
最新の研究レビューでも、発酵によって植物由来成分の吸収性が高まることが報告されています。味噌や納豆、漬物などの発酵食品を日々の食事に取り入れることは、腸内細菌の働きを支え、脳腸相関が働きやすい腸内環境をつくるための一つの工夫といえるでしょう。
| 腸内細菌の多様性への影響 | 具体例 |
| 多様性を下げやすい要因 | 抗生物質/一部の食品添加物(人工甘味料・乳化剤など)/加齢 |
| 良い関係づくりに役立つ工夫 | 発酵食品(味噌・納豆・漬物など)を日々の食事に取り入れる |
【出典】Francino, 2016 Molecules, 2023 Frontiers in Aging, 2025 Frontiers in Nutrition, 2026
よくある質問(Q&A)
腸にある「味を感じる部分」は、舌の味蕾(みらい)と同じものですか?
腸に舌と同じ味蕾があるわけではありませんが、味蕾に存在するものと同じ種類のセンサータンパク質が腸の細胞にも備わっています。苦味を感じ取るセンサー(TAS2R)や甘味を感じ取るセンサー(TAS1R)が、腸のホルモン分泌細胞などに発現しており、食べ物などの成分を感知するしくみに関わっています。
腸の苦味センサーを活性化すると、病気が治るのですか?
現時点では、腸の苦味センサーを活性化することで病気が治るという効果は、人では実証されていません。苦味センサーの活性化がホルモン分泌などに関わるしくみは、動物実験や培養細胞の研究で示されていますが、人の病気の治療につながるかどうかは、今後さらに検証が必要な研究段階です。
腸内細菌のバランスが崩れると、脳にも影響するのですか?
腸内細菌は、神経伝達物質や迷走神経などを介して脳と情報をやり取りしているため、腸内細菌の状態が脳に影響する可能性があります。これは「脳腸相関」と呼ばれる、腸と脳の双方向のつながりとして知られています。パーキンソン病やアルツハイマー病との関連も報告されていますが、腸内細菌の変化が原因なのか、病気にともなう結果なのかは、まだ研究が続いている段階です。
「腸脳相関」と「脳腸相関」は違うものですか?
どちらも、腸と脳が双方向に影響し合うしくみを指す言葉で、基本的に同じ意味で使われています。文献や情報発信によって「腸脳相関」「脳腸相関」と語順が異なることがありますが、示している現象に大きな違いはありません。
腸内細菌との良い関係づくりに役立つ食品はありますか?
味噌や納豆、漬物などの発酵食品は、腸内環境を整える食事の選択肢の一つです。発酵に関わる菌には、植物由来のファイトケミカルを分解・加工し、体内で利用されやすい形に変える働きがあります。あわせて、食物繊維を含む食品やバランスのよい食事、十分な睡眠を心がけることも、腸内細菌のよい状態を保つための大切なポイントです。
まとめ:腸の味覚センサーと腸内細菌が、全身の健康を支えている
ここまでの内容を振り返ってみましょう。
- 舌だけでなく腸にも、味を感じ取るセンサーと同じ種類のタンパク質が備わっていること
- 腸の味覚センサーは、食欲や血糖の調節、苦い野菜の好き嫌いにも関係していること
- 苦味の感じ方には、TAS2R38という苦味センサーの遺伝子タイプによる個人差があること
- 腸内細菌は神経伝達物質や迷走神経などを介して脳と情報をやり取りする「脳腸相関」に関わっていること
- 腸内細菌の状態は、食事や生活習慣などさまざまな要因の影響を受けるため、日々の生活を整えることが大切であること
腸内細菌と脳の病気との関連については、まだ研究段階の部分もあります。まずはバランスのよい食事や発酵食品を取り入れ、十分な睡眠を心がけながら、腸内細菌と上手に付き合っていきましょう。
本記事は研究内容を一般向けに紹介するものであり、特定の商品による健康効果を示すものではありません。研究対象・条件は、通常の生活とは異なる場合があります。
岡山大学大学院にて博士号(農学)を取得。腸内細菌や発酵食品の研究者として国内外で論文を多数発表。腸の健康や食に関する講演・セミナー、メディアへの寄稿など幅広く活動中。著書に『「腸内酵素力」で、ボケもがんも寄りつかない』(講談社)など。

