ワクチン。
それは、注射器の中にある小さな液体。でもその中には、何世代にもわたる科学者たちの挑戦、病気に苦しむ人々の願い、そして私たち一人ひとりの未来が詰まっています。
新型コロナウイルスの流行を経て、ワクチンは再び注目される存在となりました。
けれど、ワクチンはコロナだけの話ではありません。
麻疹、風疹、インフルエンザ、HPV、帯状疱疹、肺炎球菌――私たちの暮らしのすぐそばに、予防できる病気はたくさんあります。
今回は、私たち人類がワクチンから何を学ぶべきかを、5つの視点からお話しいたします。

1. 科学は命を守るために進化してきた
1796年、ジェンナーが牛痘を使って天然痘を予防したとき、ワクチンはまだ“経験と直感”の産物でした。けれど、1885年にパスツールが狂犬病ワクチンを開発し、病原体の毒性を弱める「弱毒化」という技術を確立したことで、ワクチンは“科学と再現性”の時代へと進みました。

20世紀には、ポリオ、麻疹、風疹、百日咳、結核など、子どもを中心に命を奪っていた病気に対して次々とワクチンが開発されました。
そして21世紀、新型コロナウイルスに対して、わずか1年でmRNAワクチンが実用化されるという、かつてないスピードの進化が起こりました。
科学は、命を守るために進化してきた。ワクチンはその象徴です。
2. 健康は個人のものではなく、社会のものでもある
ワクチンは、自分の体を守るだけでなく、周囲の人を守る力も持っています。これを「集団免疫」と呼びます。多くの人が免疫を持つことで、病気の広がりを防ぎ、ワクチンを打てない人(赤ちゃん、妊婦、免疫不全の人)も守ることができます。
たとえば、風疹は妊婦がかかると、赤ちゃんに先天性風疹症候群という障害が出ることがあります。だからこそ、周囲の人が予防接種を受けることで、妊婦と赤ちゃんを守ることができるのです。
健康は「自分だけの安心」ではなく、「みんなの安心」。ワクチンはその倫理を教えてくれます。
3. 迷うことは、誠実な選択の始まり
「副作用が怖い」「本当に必要なの?」「周りが打ってないから不安」――こうした気持ちは、決してわがままではありません。
それは、自分の体を大切にしたいという“優しさ”の表れです。
体調、生活環境、守りたい人、情報源、副反応への備え――それらを冷静に見つめることで、納得のある選択ができるようになります。
必ず打たなければいけない!絶対に打ってはならない!!というものではないのです。その決定に自分が納得できるか否か。迷うことは、誠実な選択の始まり。ワクチンは、私たちに「問い続ける力」を与えてくれます。
4. 未来は、私たちの選択で変えられる
ワクチンは、感染症だけでなく、がん、認知症、自己免疫疾患などへの応用も始まっています。鼻から吸う「経鼻ワクチン」、飲む「経口ワクチン」、個人の遺伝情報に合わせた「オーダーメイドワクチン」――技術は進化し続けています。

けれど、それをどう使うかは、私たち次第。
「打つか、打たないか」だけでなく、「どう伝えるか」「どう支えるか」「どう備えるか」。ワクチンは、未来をどう生きるかを私たちに問いかけています。
未来は、技術だけでは変わらない。私たちの選択が、未来をつくるのです。
5. 人類は、病気と共に生きながら、希望を育ててきた
感染症は、時に人類を分断し、恐怖と猜疑心(人を疑う心)を広げます。けれど、ワクチンはその恐怖に対する“希望の技術”でもあります。
天然痘の根絶、ポリオの縮小、新型コロナへの対応――それらは、私たちが「病気に負けない社会」を築いてきた証でもあります。
ワクチンは、病気の終わりではなく、希望の始まり。
それを信じて、学び、選び、伝えていくこと。それが、私たち人類がワクチンから受け取るべき最大のメッセージです。

ワクチンは、命を守る選択であり、未来への対話
ワクチンは、科学の結晶であり、社会の支えであり、個人の選択肢でもあります。それは、過去の知恵と未来の希望をつなぐ“命の技術”です。
今回の記事を読んだみなさんが、ワクチンに対して少しでも考えて、自分にとって納得がいく選択をできるようになること。それが、ワクチンを開発した科学者たちの願いです。
そしてその選択が、あなた自身を守り、家族を守り、社会を守り、未来を守ることにつながると信じています。
ワクチンと人類――それは、命を守る知恵と、未来への対話といえるでしょう。
健康管理士の松渓(マッケイ)と申します! 若い頃はスキー三昧の日々を送っていましたが大ケガをして引退。そこから健康のありがたみに目覚めました。皆さまの日々の暮らしに「ちょっと役立つ」情報を随時発信していきますので、参考にしていただければ幸いです。
残念ながら、25年ほど健康関連の業界に身をおく私からすると、世にあふれる健康情報の中には「?」と首をかしげたくなる内容も。そのため、つい辛辣な言葉もでてしまうことがあると思いますが、どうかご容赦くださいませ。

